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『今和次郎 採集講義』展@パナソニック 汐留ミュージアム【展覧会紹介】

比類なき“観察者のクリエイティビティ”
「前衛」からいかに距離をおくか――今和次郎の多彩な業績に一貫しているのは、観念的なもの、芸術至上主義的なものへの、このような懐疑と忌諱でしょう。
彼が東京美術学校を卒業したのはまさに大正元年、世は新興美術運動の時代を迎えようとしていました。新規なもの、スタイリッシュなものに飛びつこうとする芸術家たちの渦中にあって、一見すると鈍刀のようにも見えるような、しかし決して折れないタフな力をいかにして持続し、生活の中で意味あるものに到達するか――それが渦の中で沈まぬための、彼のテーマであったように思えます。

今和次郎は現在、「考現学」という不思議な思考のスタイルの創始者としてよく知られています。考現学とは言ってみればカルチュラル・スタディーズを先取りしたようなもので、いまここに生きる人々の行動の意味を、観察と採集をもとに探ろうとするものでした。今回の展観でも数多く展示されていますが、人々の風俗や生活実態を微に入り細に入り観察・分析したその記録の数々は、そのヴィジュアルの精密さと一種ユーモラスな分析力で、見るものを飽きさせません。
しかしこの手法は、逆にこの「学問」が普遍性を持たなかったひとつの要因でもありました。つまり、今和次郎以外の者は誰ひとりとしてこのような細密なスケッチ力も、粘り強い観察力も、風俗の向こうにある生活実態を洞察する力も持ち得なかったのです。あえて否定的な表現をするならば、考現学とは単に今和次郎が世界を解釈した結果のアーティスティックな表現方法に過ぎなかったとも言えるでしょう。

路上を科学し、生活を研究すると、記録は芸術になった
しかしながら、そこには関東大震災を経験した彼の覚悟のようなものが厳然と存在し、それが考究の結果を現実の社会に還元する糧となったのは事実です。
震災後に考現学の旗を掲げた彼は、その後建築家としては東北地方の生活改善、住宅事情の改善のための仕事に従事します。一種の遊びにも見えかねない銀座を歩く人々の風俗採集は、そのまま東北の農民の生活習慣を調査する手法に転化します。もちろん両者は彼の中で等価であるには違いなく、「観察」と「記録」が彼の武器であり、その力で観念的な芸術至上主義と対峙し、克服しようと考えたのでしょう。観察にしろ記録にしろ、今でこそ思考を補強するごく素朴な手法ですが、明治という時代の終わりと共に試行錯誤が開始された今和次郎の方法は、当時にあっては新鮮で斬新なものであったに違いありません。文学的なものでも芸術的なものでもなく、きわめて科学的で情動を廃した「客観的な観察と記録」という視線が市井の人々のいまに向けられたのは、おそらく彼の仕事を以って嚆矢としなければならないでしょう。
そして今回の展示に見るように、結果としてその仕事が展示に値する「芸術的」なものになっているのは、当然ながら彼の出自が東京美術学校図按科(図按とは現在のデザイン、と言えばよいでしょう)であるということに依っていますが、科学者の視線を持ったデザイナーが建築という表現手法をも持つという込み入った存在感が、彼の「得体の知れなさ」と「不可思議な巨大さ」を位置づけてもいます。偏執的なまでに冷静に銀座の女性の服飾について分析する彼の視線には、ある種の芸術家たちの忌諱に触れるような単純素朴な「実用」の目線が伴っており、純粋な芸術、純粋な建築を指向する陣営からの激しい反発をひき起すことになります。
関東大震災後に、彼は焼跡の仮設建物の一種ダダイスティックな装飾を行なう「バラック装飾社」を設立しますが、当然ながらこのような行為は、芸術至上主義的な建築家たちに、あまりに場当たり的であるという反発を買い、それに対し彼は「生活の充実」という旗を掲げて戦います。しかしながらその後の建築世界が芸術志向の強いモダニズム思考を以て主流となしたのは歴史に見る通りであり、さらに戦時に向かってその建築手法は容易に国家主義的なモニュメンタルな建造物の形成にも寄与することとなりました。建築は「強い」ものの表象となり、彼の自然主義的ともいうべき素朴な生活志向は、端的にいって、このような時勢に対して敗北したのです。

今和次郎の生き様、その業績と葛藤に思いを馳せる
戦後という時代は、今和次郎にとって幸福な時代だったかも知れません。
またもや広大な焼跡の前に立った彼は、同時にもはや建築や芸術について戦う必要のない位置にも立っていました。建築も芸術も戦禍の中に消え、日本人全てが生活全体を見直さねばならない焼跡の中で茫然としているとき、「生活」などという曖昧で茫洋としたものの全体像を掴み、さらにはその具体的な立て直しの手段について思考の蓄積があったのは、彼ひとりだったのです。
戦後の彼は、やはりアカデミズムの枠を半ば外れた領域で活躍します。しかし大正の頃と違い、「生活」を考える同志は続々と現れ、それを引き継ぐ者も多く誕生しました。建築と芸術が同じモダニズムの相貌を以て復活しても、もはや揺らぐことのない「生活」の研究が確立されたということになるでしょう。考現学、という表現そのものは使用されないものの、そのような表現の気負いを必要としないほどに私たちの「現在」を考究することが当然となる時代がやってきたのでした。
今和次郎の優美でユーモラスなドローイングは今までも馴染み深いものでしたが、雪深い青森から上京してアートの最前線に投げ込まれた青年の苦闘と、並外れた克己心を持って新領域を創造しつつ生きた姿が、今回の展示からは浮き彫りにされたように思えます。

さて、彼の戦前の写真を見ると、折目正しいスーツにネクタイ姿のものばかりですが、戦後になると一貫してどこへでもジャンパー姿で現れ、教え子の結婚式の媒酌人を務めた時もその姿のままであるほど、それを主義ともしていたようです。私はその姿に「前衛」というものに対する彼の反発と、さらには深いルサンチマンを感じずにはいられないのですが、これはしかし私の勝手な思い込みかもしれません。

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今 和次郎 採集講義 展 – 時代のスケッチ。人のコレクション。-

開館期間:2012年1月14日(土)~3月25日(日)
※ 一部の作品について展示替えを行います。前期展示は1月14日から2月26日まで、後期展示は2月28日~3月25日となります。詳細はお問い合わせ下さい。
開館時間:午前10時より午後6時まで(ご入館は午後5時半まで)
休館日:月曜日
入館料:一般:500円(65歳以上400円)、大学・高校生:300円、中・小学生:200円
※20名以上の団体 各100円引(65歳以上は除く)
※障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで無料でご入館いただけます。
主催:パナソニック 汐留ミュージアム、読売新聞社、美術館連絡協議会
※2012年1月1日付けで、「パナソニック電工汐留ミュージアム」の名称を「パナソニック汐留ミュージアム」に変更いたしました。
特別協力:工学院大学図書館
協賛:ライオン、清水建設、大日本印刷、損保ジャパン
後援:社団法人日本建築学会、社団法人日本建築家協会、社団法人全日本建築士会、日本生活学会、港区教育委員会
協力:青森県立美術館

HP:http://panasonic.co.jp/es/museum/

展覧会概要:
青森県弘前市に生まれた今和次郎(1888-1973)は、昭和初期の急速に大都市化していく東京の街の様子や人々の生活の変化を採集(観察し、記録する)・分析した「考現学」の創始者として知られています。また、民俗学者の柳田國男らがつくった民家研究の会「白茅会」の活動に参加したことをきっかけにはじめた民家研究の分野でも重要な足跡を残しました。

一方、関東大震災直後の街頭に出て、急ごしらえのバラック建築をペンキで装飾した「バラック装飾社」の活動や積雪地方の暮らしを快適にするための試験家屋の試み、村の共同作業場の設計などに携わった建築家・デザイナーでもありました。さらに戦後になると、日常生活を考察する「生活学」や「服装研究」といった新しい学問領域も開拓していきます。こうした幅広い領域にわたる活動の根底には、都市と地方を行き交いながらさまざまな暮らしの営みを”ひろい心でよくみる”ことをとおして、これからの暮らしのかたちを、今を生きる人々とともに創造しようと模索し続けた今和次郎の生き方がありました。

本展は工学院大学図書館の今和次郎コレクションに所蔵される膨大かつ多彩な資料の中から、スケッチ、写真、建築・デザイン図面等を展示する他、本展のために制作された模型や再現映像を通して今和次郎のユニークな活動を紹介する初の本格的な回顧展です。

(以上「パナソニック 汐留ミュージアムWebサイト」より抜粋)
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