Insights
#001

Session 01
ブランドの「体験価値」とは?
いまあらためて考えてみる

2020.10.19

「体験性」と「体験価値」をテーマに行った社内のクリエイターたちによるセッション形式のワークショップをレポートします。

コロナ禍で「体験価値」の意味合いは変わったか?

──ブランディングにおける「体験価値」について、今回あらためて考えてみたいと思います。ここ数年「体験価値」というキーワードが重視されていることは言うまでもないのですが、具体的な定義は曖昧だと思います。さらにコロナ禍でその意味合いが変化しつつあるようにも思えますが、今回は「体験性」という概念についてできるだけまっさらな感覚で率直にディスカッションしてみたいと思います。

齋藤(ブランディング・ストラテジスト):コロナ禍以前は、キャンプや音楽フェスへの参加など、みんなで集まって体感するイベントが、体験性のある行為として素朴にイメージされていたと思います。それが、コロナ禍によって容易ではなくなりましたが、かといって体験価値というキーワードの重要性は変わらないと思います。
岩本(ブランディング・スタイリスト):むしろ、コロナ禍で厳しい制約がある中、それでもどのように顧客の体験価値を生み出していくか、ということがブランドのコミュニケーションの最重要課題と言ってもいいですね。
栗林(ブランディング・デザイナー):「体験」という概念の共通認識が揺らいでいるけど、体験価値が顧客と深い繋がりを生むということは変わらないということですね。

「体験性」がない行為とは?どんなものだろう

──まずはじめに、あえて『「体験性」がない行為』から考えてみたいと思います。

(以下のようなキーワードが出る:エレベーターに乗る/爪を切る/病院の待合室で待つ/食器を洗う/スタバなどで食器を所定の位置に片付ける/満員電車に乗る/Webなどで飲食店の予約をする/ゴミの分別をする/復唱する/梱包の包装紙を破く/興味のないものを見る/ゴミを出す/時計を眺める/電車を待つ/通勤/歯を磨く/トイレに行く/朝のニュース番組を見る/火の元を確認する/時計を見る/信号待ち/通勤/空調を消す)

岩本:「嫌だ」という感覚も体験性だとすると、その機会は結構ある。まったく何も思わないという状態を「体験性がない」とすると、それは意外と少ないね。
齋藤:それって、「やらなきゃいけないからやる」をさらに通り越して、ルーティン化が極まって「まったく何も思わない無の境地」という状態ですもんね。
栗林:「心の出番がない」行為は、体験性がないと言えそう。
岩本・齋藤:「心の出番がない」!そのキーワードはいいね。
齋藤:あと、みなさんのブレインストーミングを眺めて付け加えると、「インタラクティブ性がない行為」には体験性を感じないのかなと思いました。

「体験性」がある行為とは?どんなもの? 外的体験編

──ではあらためて「体験性」がある行為を考えてみたいのですが、まず、外的な体験性。つまり身体的で受動的な体験性から考えてみましょう。

(以下のようなキーワードが出る:歌う/行ったところのないところに行く/冠婚葬祭/本を読む/ライブやコンサートに行く/お風呂に入る/おいしいものを食べる/写真を撮る/スポーツをする/風呂に入る/歌う/筋トレする/料理をする/部屋を片付ける/DIY(手芸やプラモデルなど)/寝る/スポーツする/キャンプをする/温泉に入る/ショッピングする/コンサートやフェス/滝に打たれる/ヘアサロン(ネイルやまつエクも)/食べる)

齋藤:二人とも「歌う」を挙げているんですね。私はあくまで外部から刺激がやってくることを想定していたので、「歌う」は少し意外でしたが、確かに体験性ありますね。
岩本:「滝に打たれる」は外部からの刺激の強烈なやつですね。
齋藤:まさに、それの極端なものとして思い浮かべました。
齋藤・岩本:「筋トレする」や「寝る」はちょっと体験性を感じるとは言えないような印象があります。
栗林:そうですね。さらに、「本を読む」あたりもそれだけでは体験性があるとはちょっと言いづらいですね。
岩本:お葬式や結婚式などの「冠婚葬祭」は体験性がかなり高いと思うけど、他の二人からは近いものも出ていないですね。
齋藤:やっぱり、何らかの外部からの働きかけがあり、それが五感や物理的身体的に影響する行為が体験性を感じますね。しかも、考えて「いいな」と思うより、感じて「いいな」と思うような状況。
岩本:さらに、さきほどの「ルーティン化されたものは体験性を感じない」というのを考慮すると、一回性の体験とか、滅多にない体験というのは体験性が高いと感じる。

──みなさんの議論を聞いて、少し別の観点として「疑似体験性」というキーワードも浮かびました。あらゆる体験は疑似体験なのではないか? ということ。アスリートの疑似体験、歌手の疑似体験、モデルの疑似体験、グルメの疑似体験など。要するに、人は「擬似的に他者になるとき」体験性が高いと感じているとも言えそうな気がします。これはまた別の機会に検討してみたいですね。

「体験性」がある行為とは?どんなもの? 内的体験編

──では内的な体験性。つまり情動、エモーションという観点から体験性から考えてみましょう。
(以下のようなキーワードが出る:思い出し怒り/映画を観て泣く/人の行動を見て背中を押される/ずっと気掛かりだったことが違う方向から解決する/失恋/人と話して理解し合えたと思う/失敗を繰り返えさないことで成長を実感する/美術作品を美しいと思う/泣ける/笑ってしまう/不意を突かれる(ハッとさせられる)/美しいと思う/悔しくなる/怖くなる/怒りが湧く/嬉しくなる/自分の生き方や価値観が肯定されたと感じる/自分の考えが整理されたと感じる/悩みや苦しみが晴れて光が見えた気がする/もっと上手く・良くなりたいと思う/ひとつ賢くなったと感じる/自信が深まる/自分はそのコト・モノ・ヒトが好きだなあとしみじみ思う/強い怒りや問題意識を感じる)

齋藤:二人が「美しいと感じる」というキーワードを挙げていますね。
栗林:「不意をつかれる」「ハッとさせられる」とも近いかもしれません。自分の中にない刺激によって自分自身に変化が訪れるといったような。
岩本:「人と話をして理解し合えたと思う」瞬間も、ある意味そのような体験に近いかもしれませんね。
齋藤:意外性があることは重要そうですね。気付きや発見、感動といった思い寄らなかったことが起こること。そして、それが一旦「自分」というフィルターを通る感じ。
岩本:前に出た「心の出番がある」というのと近いですね。
齋藤:そして、そのうえで、自分に変化が起きること。それが「体験性がある」と感じる条件でしょうか。

——知覚からすぐに行動に移行するのではなくて、知覚と行動/行動と知覚の間に、必ず情動が介在すること。言い換えると「外部からの刺激と自分の行動の間に、人間らしい心の動きが発生すること」が条件とも言えそうです。

岩本:だから、刺激の提供サイドが「決め込み過ぎ」ていてはダメですよね。その人が介在できる「余地」があるコミュニケーションじゃないと。コントロールされ過ぎていると体験性を感じない。
齋藤:その「人間(ターゲット)が入り込める余白」をあらかじめ設計するのが難しい。
岩本:そこがブランドの体験価値をデザインする中心的な課題ですよね。不特定多数の人々に、決め込み過ぎない=コントロールされ過ぎていないコミュニケーションを提供しなければいけないのだけれど、だからといって最大公約数的なコミュニケーションでは人々がレリバンシー(自分への関連性)を感じない。
栗林:それはつまり、受け取る側だけではなくて、提供サイドにも条件があるということですよね。例えば、「思いがけず美しい器で料理が提供されて、心を動かされ、いつもより丁寧に味わって食べる。そのことで、気持ちまで整ったように感じる」という体験があるとして、駅前のファストフード系のチェーン店でそれが提供されてもむしろ体験性が損なわれてしまう。
齋藤:1)人間らしい「心の出番」がある体験 2)自分に思いがけない変化が起きる体験 3)提供サイドの整合がとれた一貫性のあるストーリー 1)と2)を満たす体験が、3)を満たすブランドから提供されるとき、「体験性」がある感じる。これまでの議論を踏まえると、ひとまずそのように言えそうです。

「体験性」とブランド体験価値をいまあらためて考えてみて

——今回のセッションでは、「体験性」というブランド体験価値をいま一度考察するための前提となるキーワードについて、あえて素朴に実直に考えて来ました。最後に「ブランディングと体験性」という観点で今回あらためて考えたことなどありますか。

齋藤:「体験性」はブランディングに必要か? の問いについては、やはり必要だと思いました。ただ、「体験性」=「心の出番があり、自分に何らかの変化が生じること」だとすると、タッチポイント・UXデザインのフェーズで設計するすべてに「体験性」が必要なのかどうかは検討してみたいポイントです。数ある体験の中には、ターゲットがほとんど無意識にする体験もあると思われ、むしろすべての体験に「体験性」があるのは不自然だとも思います。一方で、「意識せずに、ストレスなくやる(できる)」ことがブランド価値になることも十分にあり得る(たとえば、飲食店で意識せずに決済できるとか、座席やテーブルが清潔であるとか)と考えると、ブランドと「体験性」の関係は、もう一歩踏み込んだ視点がありそうです。
たとえば、1)人間らしい心の出番がある体験 2)自分に思いがけない変化が起きる体験 3)提供サイドの整合がとれた一貫性のあるストーリー という3つの条件があるとして、ブランドが提供する体験は、実際には1)・2)だけでなく、4)それ以外の意識されない体験、とで構成される。1)・2)のような「ユニークな体験性のある体験」はまさにアートアンドサイエンスのブランディングのフレームワーク5BSにおける「Moment of Truth:重点機会」ですが、4)のような体験未満の顧客接点をブランドのコミュニケーション全体の中でどう捉えて設計するか。言い換えると、「顧客接点」と「体験性」の差違と関係のデザイン。「体験性」というキーワードとともに「ブランド体験価値」というテーマのポイントとして今後も議論していきたいと感じました。
岩本:つい分かった気になっている「体験性」や「体験価値」という概念について、あえて日常レベルの素朴な思考で考えてみると、その曖昧さを再認識できますね。
栗林:「体験性」がない行為、という方向で考えてみたとき、意外な境界線が浮かび上がるのもとても面白いと感じました。

2020.10.19 @アートアンドサイエンス代々木本社オフィス

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