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本の紹介

『考えの整頓』佐藤雅彦

ずっとずっと何時間でも読んでいたい
佐藤雅彦さんの暮らしの手帖での連載をまとめたエッセイ集。世の中の膨大な本の中には、とにかく読んでいる時間があまりにも楽しく充実し過ぎているせいで、頼むからページよ終わってくれるなと強く念じながら、それでもあまりの面白さに気が急いてあっという間に読み終わってしまい、恍惚と寂寥を感じつつ、ただ感謝の気持ちを胸に厳かにその手でゆっくりと表紙を閉じるしかないような素晴らしい本があります。
この本がわたしにとってまさにそうでした。
読んでいるそばから、だれか大切な人にこの本を贈りたいという欲望にとらわれて、ずっとふさわしい人をあれこれ思い浮かべていたのですが、むしろこの本を読むことに無益を感じる人がいるとは思えません。
Eテレの番組「2355」での、『工場のハンドリングという工程の持つ「動きの面白さ」を抽出したアニメーション』が、いつまでもずっと眺めていられるように、心地よく、興味深く、知的好奇心の刺激を感じながら際限なく読んでいられます。

厳しさと真剣さ、佐藤さんの人となり
本書を読んでなんとなく感じる佐藤さんの人柄に、ある種の「厳しさ」があることは、わたし自身少し意外な感じがしました。しかし、対象を鋭く見つめる姿勢に、集中力や真摯さという厳しさが必要なのことには違和感がありません。本書に収録されている「敵か味方か」「この深さのつきあい」などにみられる、対象への真剣さゆえ、人格の深いところに身についた「厳しさ」について、やはりわたしは他の言葉が思い浮かばないのです。
下段に引用したように、人間の類い希な能力への畏怖があればこそ、いつも佐藤さんの言葉は、「希望に満ち溢れた厳粛さ」を纏っているように感じます。
下段の最後の一文「帽子を脱ぎ、そこから地図を取り出した若いおまわりさんを見た時、私はそこに自分の立場への素直な肯定を感じ、とても嬉しくなったのでした。」に、佐藤さんの人間に対する圧倒的な讃歌を感じ、「創意工夫」する人間のいじらしさにわらためて気づくことができました。
飛躍するようですが、「たとえ収容所にいたとしても、日々の暮らしに創意工夫がある者は希望を失っていない」、佐藤さんから感じる「厳しさ」には、そんな根源的な力強さを感じます。収容所にいるときに「自分の置かれている状態をとても前向きに捉えている」などということが有り得るだろうか、いや、まさにそのような状況にあってこそなお、無意識に「創意工夫」を志向してしまうような人間という生き物の持ついじらしさに、比類ない可能性があるのだと考えられるのではないかと思いました。
また、佐藤さんのお仕事に通底する「何か人間の根源的なところに触れるもの」について、その秘密の一端を垣間見たような気がします。

創意工夫は「自分の立場への素直な肯定」
『私は、その人その人なりの創意と工夫が大好きです。人間は、ひとりひとり違った暮らしを持っており、世の中に製品として流通しているモノがいくら多くとも、我々人間の暮らしの多様性を網羅できる訳ではありません。そこに個々人の知恵と工夫が入り込む余地が多く生まれます。その工夫が成功した暁には、程度はどうあれ生活環境や仕事環境がより便利なものに変わるのですが、私が好きなのはその便利さはもとより、それを考えついたり行ったりすること自体が、とても人間的で、暮らしを生き生きとさせるということなのです。主婦には主婦の、おまわりさんにはおまわりさんの、学生には学生なりの創意と工夫があり、それに向かっている時、私たちは自分の置かれている状態をとても前向きに捉えているのです。帽子を脱ぎ、そこから地図を取り出した若いおまわりさんを見た時、私はそこに自分の立場への素直な肯定を感じ、とても嬉しくなったのでした。』[佐藤雅彦 (2011) 考えの整頓 暮らしの手帖社 p032-p033]

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考えの整頓 [単行本] 佐藤雅彦 (著)
出版社: 暮しの手帖社 (2011/11/1)


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