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『渋谷ユートピア 1900-1945』@渋谷区立松濤美術館【展覧会紹介】

郊外と都市のミーム、渋谷
この展覧会紹介コラムも3度目の掲載となりますが、今回はこれまでに比してまことにささやかな展観の紹介を致しましょう。ささやかな、と書いてしまうとなにやら寂しげな物言いとも受け取られそうですが、そのささやかさそのものが、この展覧会の本質のような気もするのです。そんな展覧会です。
今回の主役は、渋谷という地域です。いや、渋谷という町に漂っていたアーティストたちの緩やかな紐帯と表現すべきかもしれません。さらに大きく見れば、明治末から大正という不思議な自由の時間が「郊外」という新たな理想空間とクロスする座標に生じたモダニズムの香り――その後の東京の運命から見れば実に儚い――が主役というべきかもしれません。

 

 

 

 

モダニズムの原野、渋谷

関東大震災は、東京に生きる人間の生活空間の秩序を激変させました。震災による文化的な秩序の空白を突いて、なし崩し的にモダニズムの空間が都市に生まれます。それは政治的復興計画の全く外部に予期せぬかのようにして誕生し、戦間期日本文化のある種の特質を形成しました。維新以来営々と積み重ねられた富国強兵・近代国家建設の歩みが一瞬宙に浮いた刹那、ある種の帰化植物が一瞬にしてはびこるかのように、モダニズム文化の花が咲き乱れます。

渋谷は、この時期に現在の街の原型を形成します。

この江戸とも明治とも繋がっていない、純粋な「都市」。そのモダニズムの前史は画家たちの空間の歴史としても捉えることができます。それがこの展覧会のストーリーといってよいでしょう。

 

 

 

郊外というキャンバス、渋谷
恵比寿あたりに既に明治末からうっすらと存在した岡田三郎助を中心とするエスタブリッシュな画家コロニーと呼応するかのように、渋谷駅を支点として、その対称点には代々木のコロニーが成立します。ここは自らの住居をまさに「代々木ユートピア」と称した村山槐多が、震災より前にその鮮烈な人生を刻み込んだ場所でした。

槐多よりさらに数年前には、岸田劉生が既にあの不思議な《道路と土手と塀(切通之写生)》(重要文化財)で代々木の風景を描きましたが、そこには江戸情緒も文明開化の響きもない、むき出しの「郊外」が描かれています。この時期、画家たちはもはや自らの「内面」を発見していたため、それをぶつける純粋な表現の場を欲していました。渋谷はそのような彼らのキャンバスとして、郊外の風景を提供したのです。もちろんそれは文学において国木田独歩が発見した「武蔵野」と呼応しています。

 

 

 

都市と建築の実験場、渋谷
駆け足でまとめるならば、渋谷/代々木は自然主義的な感性によって成立した武蔵野という甘美な幻想空間に、劉生ら草土社グループの表現主義的な郊外=内面が覆い被さり、さらに駅の反対側の恵比寿コロニーの端正な界隈が対置され、彗星のようにその上空を槐多の代々木ユートピアが遊弋する――渋谷は、そのようなイメージの郊外空間とでも表現できるでしょう。

お話が少々前後しましたが、そんな渋谷に、さらにモダニズム基地としての様相が立ち現れます。震災を契機として都心から避難した店舗が「百軒店」として活動を始め、ウルトラモダンなコンクリート造りの同潤会アパートが原宿・代官山に建設されます。都市としての渋谷、竹下夢二や富永太郎たちがうろつく大正モダンな渋谷。新たなるアーティストである先進の建築家たちも、彼らに混じってこの街を闊歩し始めます。建築家たちは千駄ヶ谷方面を近代住宅の実験場として計画し、代々木周辺は大規模な住宅地開発が始まります。

 

 

時代の青春を記憶する、渋谷
そして時期をほぼ同じくして、山手線の数駅先には「池袋モンパルナス」と称する芸術家コロニーが成立します。池袋のコロニーが「低湿」な土地に成立したのと対照的に、渋谷/代々木のコロニーはいずれも「高燥」な土地に成立しています。このことはそれぞれのグループ(というべき繋がりがはっきりあるわけではありませんが)の作品に反映されているように思えてなりません。渋谷が前時代の「郊外」を舞台とした「ユートピア」であったのに対し、池袋は作品を製作する「協同組合」の様相を呈しているように見えます。そこには、内面を投影する甘美な幻想風景すら欲しない、さらにモダンな製作者たちが集まりつつあったのでした。

この時期、渋谷は郊外を卒業したのかもしれません。さらには、「ユートピア」も卒業したのでしょう。

 

 

 

ユートピアの別名、渋谷、シブヤ、SHIBUYA
昭和20年5月24、25日、渋谷は大空襲に見舞われます。駅前のハチ公像(戦時金属供出で溶解されていましたが)の作者、安藤照も「ユートピア」の一員でしたが、そのアトリエと作品と共に炎に包まれ、死去しています。

渋谷はこのとき大半が灰燼に帰しましたが、ご存知のように今でも活況を呈しています。あまりお上品でない区画も大いに繁盛していますが、私はこの街に、どこか新宿にも池袋にもない高燥な都会の香りを感じます。谷中安規の版画に残された郊外都市のモダンで寂しげな香り――勝手な思い入れかもしれませんが、それはかつて「渋谷ユートピア」を構成した、この街に集まってきた芸術家たちも等しく感じ取っていた土地の力なのではないかと思えてなりません。

今回の展観は、彼らがこの土地に感じ、投影した作品とともに、彼らがここでどう生きたかを作品から探っていく構成になっています。それゆえむやみに大作品が並んでいるわけではなく、その意味でささやかなものですが、土地の持つゆるやかな力、そしてそこに引きつけられ、集まらざるを得ない人びとの姿はささやかなるものであるでしょう。場所をバネとして、互いを力とした彼らの姿そのものを見つめる展覧会といえるのではないでしょうか。

 

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開館30周年記念特別展 渋谷ユートピア1900-1945

日時:2011年12月5日(火)~2012年1月29日(日)
前期:12月6日~1月9日、後期:1月11日~29日
展示替えの詳細は、お問い合わせください。
開館時間:午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)
金曜日は午後7時(入館は午後6時30分まで)
休館日:12月12日(月)、19日(月)、26日(月)、29日(木)~1月3日(火)、10日(火)、16日(月)、23日(月)
入館料:入館料:一般300円(240円)、小中学生100円(80円)
※( )内は団体10名以上。
※土曜日は小中学生無料。60歳以上の方、障がいのある方(付添の方1名)は無料
主催:渋谷区立松濤美術館
HPhttp://www.shoto-museum.jp/05_exhibition/index.html#A001

[内容]
序章.逍遙する人—《落葉》と代々木の菱田春草
Ⅰ章.岡田三郎助と伊達跡画家村
Ⅱ章.永光舎山羊園と辻永
Ⅲ章.切通しの道と草土社—岸田劉生の風景
Ⅳ章.束の間のユートピア—村山槐多の終焉
Ⅴ章.竹久夢二のモダンとおんな
Ⅵ章.詩人画家富永太郎の筆とペン
Ⅶ章.フォービズムの風—独立美術協会の周辺
Ⅷ章. 郊外を刻む—版画家たちの代々木グループ
Ⅸ章. 同潤会アパートメントに住む―蔵田周忠と型而工房
Ⅹ章.安藤照とハチ公と塊人社—昭和前期の彫刻家たち
終章.都市の遊歩者—谷中安規と《街の本》

本展は、渋谷近代のアーティスト・コロニー(芸術家村)を探索しようとする展覧会です。池袋モンパルナス、落合文士村のような多くのそして多彩な芸術家が集まり交歓していた代々木、恵比寿、原宿を見てゆきます。

東京が江戸情緒を払拭しつつ近代都市へと変貌していた明治から大正・昭和の時期には、渋谷もまたおおきく様変わりします。新時代の展開にともなって、多くの俊英の美術家たちはここ渋谷に集い、後世に語り継がれるいくつもの美術史が誕生します。東京の中心部に位置する旧市街から新地域への移行という事実は、それ自体がこれからの新しい時代と美術思潮へ向けての青年たちのメッセージだったのでしょう。近代がもたらした都市化によるその周辺にひろがる郊外という場所の発見は、美術の質の転換という面においても大きな契機となりました。東京周辺には幾つもの美術家や文化人が集い交流した土地があります。そうした場所にならんで渋谷をアーティスト・コロニーととらえることも可能でしょう。ここではそれを「渋谷ユートピア」と名付けました。

本展は明治末から昭和戦前までの渋谷に住んだ美術家、あるいは渋谷を描いた画家を取り上げ、美術家たちのユートピア—美の発信地であった、かつての渋谷の姿を再発見しようとするものです。油彩画、日本画、彫刻、版画、詩稿、手紙、ポスター、デザイン画、装幀・挿絵、家具、建築図面など約150点で展望します。

(以上「渋谷区立松濤美術館Webサイト」より抜粋)
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