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ぶどう畑発 農家のヨメのカルチャー日記:11【連載コラム】

地域に根差した古き良き町の映画館

東京でのカルチャーウェブマガジン編集/映画配給宣伝の職を経て山梨で半農半ライターをしている世木亜矢子が、山梨カルチャーを連載コラムでご紹介。

マイ フェイバリット映画館

隣りには、ぶどう畑。

隣りには、ぶどう畑。

映画を観るのが好きですが、映画を上映する劇場そのものがとても好きです。山梨で映画を観るとなると、最初に思いつくのはシネコン。そんなとき、周囲の何人かから「テアトル石和は行った?」と聞かれ、このたび初めて行ってみることに。そしてまたひとつ見つけてしまったのです、マイ フェイバリット映画館を!仕事でもプライベートでも出掛ける先でつい訪れてしまうのが、その町の映画館。ひと作品観る時間がなくても、わけもなく訪れて館内をウロウロ。お気に入りは、沖縄の桜坂劇場や大阪の第七藝術劇場、横浜のシネマ・ジャック&ベティなど。しかしこのテアトル石和は、そんな個性派揃いの映画館の中でも断トツのインパクトなのです。石和というのは笛吹市にある町で、近頃わたしが愛読している武田百合子著『富士日記』にも名前が登場する温泉町。JR石和温泉駅前には足湯や手湯があり、観光気分を盛り上げています。

非日常感の演出

劇場自体が映画のセットのよう。

劇場自体が映画のセットのよう。

ぶどう畑の中に突然現れる、レトロな建物。存在そのものが映画のセットのよう。ブルーの「テアトル石和」の看板にもなんだか懐かしさを覚えます。映画雑誌がずらりと並んだこじんまりとしたロビー、受付の一角にはスナックコーナー。ニューシネマパラダイスを喚起させる映写室。劇場内はスクリーン下に舞台があり、客席の両側には革張りのペアシート。まるで親戚の家に遊びにきたような、そんな温かさのある空間。常連さんと世間話をしたり、映画談義に花が咲いたり。昭和40年代にオープンしたこの映画館は、地域に根付いた古き良き町の映画館なのです。新宿から特急で2時間、駅から歩いて15分ほどで別世界へ到着。映画の魅力のひとつは、非日常の世界へ連れて行ってくれること。映画を映画館で観るということは、その非日常感を助長してくれます。そしてさらにその映画館自体が非日常感たっぷりだったら!もう言うことありません。

辰巳芳子さんの『天のしずく』

館の主。15才。

館の主。15才。

この日わたしが観たのは、辰巳芳子さん出演の『天のしずく』。食の映画だと思っていたら、命の映画でした。料理家であり作家でもある辰巳さんが紡ぐ言葉がぐっと心に迫る、素晴らしい作品。ちなみにこの回、客席にはわたしひとり…!初めての劇場アローン体験でした。畑の土に触れ日々料理をつくることを心がけるひとりの人間として改めて食と命に思いを馳せるそんな時間、ひととひととの共存や夫婦の在り方まで示されてしまったようなそんな作品でした。そして劇中登場する芸術家・栗田宏一さんは笛吹市の在住で、テアトル石和には初日の舞台挨拶に見えたそう。

 

 

 

やっぱり劇場が好き

スクリーン下には舞台があるんです。

スクリーン下には舞台があるんです。

ハリウッド・エンターテインメントから原発や憲法といった社会派のドキュメンタリーまで、上映する作品ジャンルの幅広さも魅力です。映画好きもそうじゃないひとも、子どももお年寄りも楽しめる。人生のファースト映画館にも最適。大人になって「初めての映画は、テアトル石和で観たドラえもんだった」なんて素敵。思い返せば学生時代、大学の近くにあった早稲田松竹という映画館によく行きました。2本立て上映というのは、お金はないがヒマはある学生にとって絶好の場所。悲しみに沈んでいるときに立ち寄ったらゴダール特集をやっていてその面白さに夢中になりイヤなことなんて忘れてしまったこと、『ストップ・メイキング・センス』のトーキング・ヘッズのかっこよさにしびれたこと、娘がお腹にいたときに大好きなラース・フォン・トリアーの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を観てそのカメラワークに吐き気をもよおしトイレに駆け込んだこと…… 思い出は映画の記憶とリンクする。気分が落ち込むと映画館に行きたくなる。わたしにとって映画館は心のよりどころ。耳にするのは、シネコンのニューオープンのニュースと、単館系映画館閉館の悲しいニュース。悲しいニュースを流さないためには、映画館に足しげく通うのがいちばん。やっぱり劇場が好き。塩山へ帰る道すがら、そう再確認した夜でした。

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農家のヨメ「本日の一コマ」

ぶどうのなりたい形に形づくる、房づくりという仕事。1本のぶどうの木につくたくさんの房の中から選抜してつくります。木の勢いを見ながら、1000平方メートルあたり4,000房〜5,000房くらいを選抜。それは例えば、25mプールに2,000房くらい。

ぶどうのなりたい形を見極めます。

ぶどうのなりたい形を見極めます。

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世木亜矢子:プロフィール

1980年生まれ、神奈川県出身。カルチャーウェブマガジン編集/映画配給宣伝の職を経て、半農半ライターに。ぶどう農家である夫と「くじら果樹園」を営む傍ら、ライター/コピーライターとして活動中。夫、小学生のおしゃまな娘、シェパードのようなミックス犬と富士山と南アルプスを見渡す山梨県甲州市塩山に暮らす。