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『琵琶湖をめぐる 近江路の神と仏 名宝展』@三井記念美術館【展覧会紹介】

この夏の間は観る方も全力で対峙せねばならないような力強い展覧会を渉猟していた当コラムですが、暦が旧暦でいうところの処暑を過ぎ白露を迎えたこの時期に、ちょっと一休みしてみたくなりました。残暑の疲れを、静謐な展示空間で逍遙しながら何かの思いに替えてみましょうか。
さてさて、足は日本橋に向かいます。

近江という“クニ”の重層性

近江、という古い国名を小さくつぶやくだけで、胸の中があわあわとやわらかな光で満たされるような思いがする――と言ったのは誰だったでしょうか。
まことに近江は、光の国です。
現在の滋賀県は、かつて「近つ淡海」(あうみ――これが「近江」の国名につながっていくわけですね)と呼ばれた琵琶湖を中心としたゆるやかな平野で成立しているのは、ご承知の通りです。
東京からの新幹線が名古屋を過ぎ、狭い海峡のような関ヶ原の暗い谷を抜け、右手に大きな伊吹山の山塊を仰ぎ見た次の瞬間、視界の中に広く大きな近江の空が広がります。続いて遠くところどころに空を写した琵琶湖が眩しく光るのを見ると、わたくしなどは根拠もなく、ああ、西の国に来たなあと感じます。古来「関東」という名称の差し示す範囲は時代とともに次第に東遷しますが、当初は関ヶ原にある不破の関以東の地域を指しましたから、私の小さな感懐も根拠なしとはしません。が、事実としては可憐な思い込みに過ぎないでしょう。
それはともかく、この近江というエリアは、畿内という古くから文化的に耕された地域でもあり、また古代から都を離れた位置にありつつ権力の中心を窺う、マージナルで異質な勢力が跋扈した地域でもありました。この重層性が、近江の文化と風土の不可思議な魅力の核を成しています。

上記とも関連しますが、近江は一方で山の国でもあります。琵琶湖の周囲をぐるりと取り囲む山峰の総元締めのような位置には、あの比叡山が鎮座しています。山はもちろん古層の神祇信仰の本体ですが、都に近い近江の国の山々はまるで畑を耕すかのように古くから信仰の肥料を施され、いってみれば周囲の全山が神々の棲家のようなものでした。
そこにモダンな渡来文化とともに仏教信仰が流入し、さらには神仏習合のパラダイスのような場が成立します。
このように近江一国は、見渡すかぎり神と仏の楽土の観がありますが、山を背後にした肥沃な平野部の豊かな稔りと、都へ至る琵琶湖の舟運を司る商業資本の蓄積もそのような文化の発展を後押ししたでしょう。そしてその幸福な結実として、この展覧会に現れているような、10世紀以降の爆発するが如き宗教美術の展開を見ることになったといっていいのではないでしょうか。

優れた展示品の集合が放つ近江の光

現在滋賀県は、東京・京都・奈良に次いで国宝・重文が所在する県となっています。今回は出展されていませんが、湖北の渡岸寺観音堂に収蔵されている有名な十一面観世音菩薩像を中心としたいわゆる「観音の里」の仏像群のことなどを考え併せてみますと、これはごく当たり前のことかもしれません。平安期以降の近江には多くの寺院が建立され、そのことごとくに一流の仏師の手になる仏像・工芸類が施入されました。政治の中心としての奈良・京都があまたの戦乱に巻き込まれて興廃を繰り返すなか、「近くて遠い」近江という国は、信仰においては最新のモードをダイレクトに受け入れつつ、周囲の諸峰に古き神仏が生きる国として現在まで存続しました。
現実に上記の渡岸寺観音堂を湖北に訪れてみると、周囲の長閑さと、観音像――日本で一番有名かもしれない――の完成度の高さとのギャップに少々目眩がしてきますが、まさに上記のような事情がその像に集約されているのではないかと思います。
今回の展覧でも事は同様で、近江一国に焦点を絞った選定によって、このクニの特異性と豊穣さがくっきりと浮かび上がります。そして比較的小さな寺院からも丁寧に展示品を集めた結果、教科書に掲載されるような目を剥く類の優品がこれでもかと並ぶわけではありませんが、会場では印象に残る仏像・仏画・神像が多く目に残ります。

試みに仏像・仏画・神像からわたくしの印象に残ったものをそれぞれ挙げてみましょう。仏像では園城寺蔵《吉祥天立像》(重文)。鎌倉彫刻らしく理知的で威厳に満ちてはいますが、その気品に満ちた佇まいには女性的な優美さが漂い、小像にもかかわらず強い存在感を放っています。仏画では法蔵寺蔵《如意輪観音像》(重文)。肉身の白褐色のハーフトーンに、文様のない着衣に鮮やかな金泥でラインを描いた美麗さが際立ちます。13世紀の作品のようですが、平安仏画のような優美さがその面貌には感じられ、身体の立体的な表現と相まって不思議な魅力を醸し出しています。そして神像では、建部大社蔵《女神坐像》(重文)。もとより神像というものはわれわれにとって馴染みのないものですが、この像は特に風変わりなもので、女官のような姿の神がまるで笑っているかのように袖で口を覆い隠している像です。平安絵巻の一場面を立体化したようなこのユーモラスな姿は、まさに一見に値する、と申しましょうか。

さて、一息ついたらこの三井記念美術館という空間そのものを見回してみましょう。日本橋三越本店のほど近く、重厚な重要文化財指定の建物でもある三井本館の最上階にコンパクトに収められたこの美術館は、まだ開設されて7年ほどのためあまり知られていませんが、優美な仏像たちに出逢うにはまことに極上の空間です。
三井家に集積された茶道具や美術品を核として出発したこの館は、まずそれに見合う空間を作り上げるというところから出発していますから、細部に至るまで細やかな神経が行き届いています。展示会場に足を踏み入れた瞬間にある種の高揚が訪れるという一点においては、知る限りでは都内随一ではないでしょうか。夏の間も新橋やら有楽町やらで呑んだくれていたそこのあなたも、初秋のこの時期、ちょいと歩いてぜひ日本橋まで、どうぞ。
(そして付設ミュージアム・カフェの「白玉抹茶ぜんざい」がなんとも絶品であるということは、ここを最後まで読まれた方だけの秘密情報と致しましょう!)

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特別展「琵琶湖をめぐる 近江路の神と仏 名宝展」

会期:2012年9月8日(土)~ 11月25日(日)毎週月曜日休館
時間:10:00 ~ 17:00 ※入館は16:00まで。
会場:三井記念美術館(東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 三井本館7階 )
主催:滋賀県、滋賀県立琵琶湖文化館
協力:三井記念美術館
HP:http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html


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