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『報道写真とデザインの父 名取洋之助――日本工房と名取学校』『大辻清司フォトアーカイブ 写真家と同時代芸術の軌跡 1940-1980』『川内倫子展 照度 あめつち 影を見る』【展覧会紹介】

かくも激しく湧き出る、奥深き源流

名取洋之助は写真がヘタである――今でこそこんなことを言う人もいないでしょうが、戦後の写真界では一部にこんな風評が流通していました。

名取洋之助はもちろん戦前から戦後を通じて最前線で活躍し、強烈な個性をもって日本における報道写真というジャンルを成立させた人物です。戦前のある時期、報道写真という概念を何ら蓄積もなくほとんど衝動的に理解した、当事ほぼ唯一の「フォト・ジャーナリスト」でした。そして彼は自らがそのような存在であることを自負し、公言し、戦時期を挟んで周囲の無理解や後進性と一貫して戦い続け、1962年のある日、ほとんど燃え尽きるような死を迎えるに至ります。

ここで言う「後進性」とはもちろん、彼の立場から表現される事態にほかならないわけですが、彼にそう名指しされ、糾弾される側はもちろん面白いはずがありません。彼は敵の多い男でした。自らを恃むところの強烈さは、同じく周囲に対する強烈な言辞となって現れます。時代から突出していた彼は、仕事上細かな話は彼の要求レベルの高さを熟知し、さらにその要求を満たせる者だけがせよと言わんばかりの態度で他人に接します。報道写真を軸にしてグラフィック・デザインとジャーナリズムを接続した制作集団「日本工房」を設立し(1933年)、写真や印刷に膨大なコストをかけたため、天文学的な赤字を計上しながらも前衛的な対外宣伝雑誌『NIPPON』を刊行する彼の姿は、すでにして一写真家の姿から遥かに逸脱しています。木村伊兵衛、土門拳、原弘、山名文夫、河野鷹思、亀倉雄策など若き写真家やデザイナーたちを駆使し、叱咤し、恫喝し、罵倒しながらつくり上げたその制作物には、今でいうプロデューサーとアートディレクターとクリエイティブ・ディレクターを全て兼ね、さらには政府に食い入ってお金を引き出すという一種の山師の如き才能までが反映されています。
こういう「専門性」に欠ける「何でも屋」は、我が国の風土ではなかなか尊敬されることがありません。雑誌「LIFE」に代表されるような欧米の写真と報道、雑誌制作の現場を熟知している彼の、遅れている周囲に歯がゆい思いを抱く故に他ならない挑発的な言辞も、その印象を増長させます。「名取学校」とも称される彼の現場における鬼軍曹的鍛えぶりは、数々の伝説で彩られています。戦後を代表する写真家である土門拳はその典型的「生徒」といえますが、写真家となる上では名取を大恩人とする一方で、人間としては生涯彼を嫌い抜きました。

今回の展示で名取の写真を見ると、その簡潔でスマートな構図に新鮮な思いを抱きます。端的に言って、上手い写真であるなあと思う一方、その文法にはドライで理知的な、あえて言ってしまえば「非―日本的」なものを感じ取ることができます。彼に凹まされた人々が「ヘタ」とでも言って晴らしたくなるような鬱屈の種は、こんなところから取り出されるかもしれません。
しかしこれは彼にしたところで、ピクトリアリズム的な構築的写真には興味がなかったわけですから、痛くも痒くもない「ヘタ」宣告ではあるでしょう。「写真道」のようなものとは無関係だった彼が目指したのは、構築されるものの全体の中で十全に機能する写真です。また、その写真を活かす全体の構造をつくることでした。今回の展覧会タイトルの中に「デザインの父」という文言が入っているのはこのことを示唆しています。まさに現在私たちが見ている広告や雑誌、果てはウェブデザインに至るまで、その淵源をたどると、彼が日本工房で確立したヴィジュアル・コミュニケーションの作法がひとつの源流となっていることが理解できる、貴重な展示です。ささやかな会場に目を引く雑誌『NIPPON』の表紙群は必見でありましょう。

瑞々しく詩情に満ちて、脈々と流れる

さて踵を返して東都西郊へ。玉川上水のほとり、武蔵野美術大学で開催の「大辻清司フォトアーカイブ」展ですが、これも実に貴重な機会です。

写真家としての大辻を語るよりも先に、まず彼の弟子を数名列挙してみましょうか。高梨豊、島尾伸三、牛腸茂雄、畠山直哉――様々な学校で教鞭をとった彼の教え子の名をたとえばこう取り出して並べてみると、『プロヴォーク』誌に拠った高梨豊からたどってあの「アレ・ブレ・ボケ」派の方向まで視野に入れてみれば、戦後新時代のある流れの中の写真家たちがほぼすべて大辻の描いた地図に収まってしまうのではないかとすら思えます。つまり言ってしまえば、先の「名取学校」と対照的な、「大辻学校」がここにはあったように思えます。

写真家としての大辻清司の特異さは、上述のようにそのキャリアの早いうちから写真教育の現場で活躍したことに見て取れます。このことは、彼が写真というものを極めて論理的かつ客観的に捉えていたことによるのでしょう。名取にしろ大辻にしろその写真は単にふわふわした感性の枠に留まるものではなく、理知的に構成するものであったでしょうが、こと教育においてはそのありようは対照的なものでした。名取はそのスパルタ式鍛錬についてこられない者をどんどん振り落とし、一方大辻はまだ開かれていない才能まで注意深く見据えようとします。
牛腸茂雄は当初写真家志望ではなかったのですが、大辻の「もしこれを育てないで放って置くならば、教師の犯罪行為である、とさえ思った」という言葉に見られるように、基礎課程で出会った大辻清司によって写真を専攻するよう強く勧められます。夭折してしまった牛腸の残した数冊の写真集を見る者は、この大辻の眼力の確かさに唸らざるを得ないのですが、一方で若い感性と共振する大辻自身の写真の瑞々しさが今回の展示では強く感じられます。特に、後半に展示されている自らの家が解体される過程を追った一群の写真は、ただその過程を追っただけであるにもかかわらず、詩情に満ちた美しさに満ちています。このあたりに大辻の本質が見て取れますが、この印象は牛腸茂雄の写真にも通じるところでしょう。
明晰な写真論を背景にした理知的な教育を施す師とそれを受ける弟子、共にその内部にきわめて叙情的な一面を宿しているのは興味深いところですが、一方でやはりその理論的構成力に満ちた風景写真を見ると、そちらは弟子の一人である畠山直哉氏の現在進行形の仕事に直結しているのがよく理解されます。

名取学校と大辻学校、原初的な力ですべてをゼロ地点から創造していった名取と、少年の頃に1920年代のいわゆる「新興写真」に憧れて活動を始めた大辻。それぞれ泥臭い「報道写真」の学校と、70年代の文化全体を象徴するものであったいわゆる「コンテンポラリー写真」の学校といえるでしょうが、写真表現の現在を知る上でも両者がどのようにして成立したのかを観てゆく必要があるでしょう。そのためには今回はともに必見の、興味深い展示であるに違いありません。そしてこの両者が、そのまったく古びることのない作品たちとただ向き合うだけで写真を見る喜びを味わえる展示であることも、違いありません。

おぼろげにたゆたう、恍惚の波間

さて、「写真表現の現在を知る」と申し上げましたが、そのために急いで恵比寿まで参りましょう(今月は良い展覧会が多いのです)。
写真という表現手法がどのように伝承されていくのか、その過去を観るにふさわしいのが上記の二つ。そしてそれらが伝承され、あるいは断絶された「現在」そのものの代表的なものが、川内倫子の写真表現でしょう。

今回の展観は、ただいま現在の彼女の表現全体を俯瞰できるものです。会場構成全体が彼女の作品総体を成していますので、過激なもの言いをするならば、カタログさえも意味がありません。現場で「写真体験」とでもいったものを経験していただくのがよいでしょう。駆け足で走り抜けるのではなく、時間をちゃんと取っていただいて、ただ会場に臨んでいただきたいと思います。
写真というものは、長らく「弱さ」と「淡さ」とでも表現すべきものを定着するにはふさわしからざる表現手法だったように思えますが、かつての彼女の作品はようやく写真がそれらを手に入れる時代が来たことを感じさせました。写真と画像と映像の境目が曖昧になりつつあるいま、今回の会場のしつらえを見ると、彼女の表現もまた新たな場所を求めて胎動しているのが理解されます。さてこれから、対象をヴィジュアルに定着する表現手法は、どこに向かうのか。現在進行形の現場に立ち会う興味深い展覧会といえましょう。

幸福な光と美しい色に彩られた彼女の作品を見ていると、モノクロームの中に表現を叩きつけ、模索していた熱い時代からここまでの距離を否応なしに考えさせられます。「一身にして二生を経る」ではありませんが、名取洋之助に始まり川内倫子に至る今月は、揺籃と成熟、継承と変容、熱狂と平熱、写真に限らず芸術表現というもののそのようなありようを一気に体験できるまたとない機会ではないでしょうか。

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『報道写真とデザインの父 名取洋之助――日本工房と名取学校』


会場:
千代田区立日比谷図書文化館

会期:
4月27日(金)- 6月26日(火)
平日 10:00 – 20:00
土曜 10:00 – 19:00
日・祝 10:00 – 17:00
(最終入室は30分前)

HP:http://hibiyal.jp/hibiya/museum.html

 

 

 

『大辻清司フォトアーカイブ 写真家と同時代芸術の軌跡 1940-1980』


会場:
武蔵野美術大学 美術館

会期:
5月14日(月)- 6月23日(土)
10:00-18:00(土曜、特別開館日:17:00閉館)
休館日|日曜日(ただし6月10日をのぞく)

HP:http://mauml.musabi.ac.jp/museum/archives/1406

 

 

 

 

『川内倫子展 照度 あめつち 影を見る』


会場:
東京都写真美術館

会期:
5月12日(土)- 7月16日(月・祝)
休館日|毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)

HP:http://syabi.com/contents/exhibition/index-1593.html
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