• HOME
  • COLUMNS
  • 『生誕100年 ジャクソン・ポロック展』『原弘と東京国立近代美術館 デザインワークを通して見えてくるもの』@東京国立近代美術館【展覧会紹介】

広告やデザイン、クリエイティブの情報コラム

特集記事

『生誕100年 ジャクソン・ポロック展』『原弘と東京国立近代美術館 デザインワークを通して見えてくるもの』@東京国立近代美術館【展覧会紹介】

「現代芸術の宇宙」へといたる道程。
軌道の彼方に光ってみえるもの、それは

現代芸術、いわゆるモダン・アートはお好きですか? いやいや、「モダン・アート」でひとつの雰囲気を表現してしまうような、そういう単純な一般化はあまりよろしくありませんね。目の前には個々の作品があるだけですから。さりとて、そのような作品群にある種の理路を与え、星々を繋いで星座のようなものをでっち上げてみせるのが、芸術を取り巻くこういった文章の機能ですから、まあひとつ、ここはお許し下さい。
閑話休題。さて、わたくしから見える芸術宇宙の星座図には、極北近くにモダン・アートの描く大きな星座があるのですが、そのさらに天の極北は、今回の主人公であるジャクソン・ポロックの描くところの絵画から映し出される、錯綜した流星群のような星間物質で埋め尽くされています。――というのは単にイメージのお話に過ぎませんが、現代芸術というものを考えるときに、空間恐怖の如き密度で埋め尽くされたその強烈な形象(ポーリングという塗料を撒き散らすような技法で描かれる)は、私に限らずやはり想起されるひとつの典型になっているように思えます。歴史的にも現代芸術、なかんずく抽象絵画というものの進化のある帰結がポロックの作品に見て取れることは、間違いないでしょう。

 

— 美の征服、美の開放、そして美による復讐 —
鮮烈なる美の羅列、ジャクソン・ポロック

わけがわからんお芸術――モダン・アート、とりわけ抽象絵画に対するこの素朴な感想は、これはこれでもうほぼ1世紀近くの心情的歴史を持っています。モダン・アートが好きという言明がどういう心的状態を指し示しているかはなかなか説明し難いでしょうが、苦手であるという心情は容易に理解できるでしょう。わたくしも首をひねりつつ付き合い続けて、結局は好きな作家があればいいではないかという、鑑賞者としての素朴な結論に正直なところ落ち着いています。近代以降、芸術がどんどん作家の内面やある種の観念を表現する技法を高度に洗練させてゆくと、最終的には作家個人と見る者がどのように踏み込み合うかという勝負のような鑑賞が前提となって来ますが、要はそのような経験が好きなのか嫌いなのかという問いに行き着くでしょう。それが冒頭の問いに繋がることになります。
実はポロックの見せてくれる世界(宇宙、でもいいですね)は、そのあたりに微妙な揺らぎを見せます。彼の抽象絵画は、困ったことに対座して長時間眺めていると、単純にして明快に、美しいものに思えてくるのです。今回の展観では日本で初めて代表作ほぼ全てが網羅されるという画期的な事態に遭遇できるわけですが、そのほぼ全てが「美しい」。実見するとその微妙なテクスチャーは、今まで図版で眺めていた経験からは得られないような驚きを与えてくれるのですが、それはあるコンセプチュアルな表現として画面に投げつけられたアクション・ペインティングの文脈としてしか捉えられていなかったものが、突然生々しい「美」を伴って現れるという戸惑いの体験でもあります。

自己模倣の呪縛との絶えざる戦いは、芸術家にとって好むと好まざるにかかわらず、常に義務付けられたものには違いありません。当たり前の話ではありますが、芸術というものの本来持っている機能がそれを否定しているからです。かといってことはそれほど単純ではなく、なにものかであると認められた瞬間に形式化の桎梏は残酷に開始され、それを超えようとする芸術家の内面の葛藤は、それ自体が芸術と化しかねない様相すら毎度呈するわけです。
ポロックはその早い晩年、制作に行き詰まり、まるで絵を描かない時期を長期間過ごします。その理由のひとつは、どうにも「美」の呪縛のように思えてなりません。具象を捨て抽象的な表現に行き着いたはずの彼の絵画は、そこから結局のところ作者の内面や制作行為そのものではなく、垢抜けて洗練された美を感じさせるようになります。彼の重い内面を投影したはずの抽象的絵画が、どうにもちぐはぐなものとなってしまう――人気を博すことになり、その作風が称揚されるようになると、彼は遺された短い時間に、そこから逃れようとする葛藤の時間を生きます。当時晩年の諸作は最盛期からの後退と受け取られましたが、残酷なことに、それらも今では諦観に満ちた美しさを湛えているように思えます。いずれにせよ初期の胎動する混沌から爆発するような大作、そして繊細な小品まで、ここまでまとまって触れられる機会はまたとないでしょうから、わたくしのこの与太をぜひ御確認いただきたいものです。

— 美の従属、美の快活、そして美による献身 —
寡黙なる美の整列、原弘

そしてポロック展を見終えて、併催の原弘展に足を踏み入れると、同じ50年代に一方でここまで屈託のない整然としたデザイン・ワークが行われていたことに多少たじろぎます。東京国立近代美術館のポスター制作において、「自分は何らかの発言をしようとは思っていない」という彼の言は、そのままくっきりとその制作物に反映されています。モダン・アートに美が禁じられているというわけではありませんが、それが至高のものでもない時代に至りつつあった当時、彼の自律的に禁欲的に整然とデザインされたポスター群からは、デザインという表現行為において「個性=オリジナリティ」とも呼ばれるある種の奔放な「美」を、禁じられるまでもなく理性で統制し切っている矜持のようなものが伺えます。
彼は戦前にデザイナーとしてのキャリアをスタートさせ、当時そろそろ重鎮に近い存在となっていましたが、まず注目すべきはさかのぼって戦時下の対外プロパガンダ・メディア群におけるそのデザイン・ワークでしょう。展示された雑誌「FRONT」のエディトリアル・デザインには、千載一遇のチャンスに大胆なことをやってのける度胸と、グラフィカルなものに対する鋭敏な嗅覚が伺え、今さらながら瞠目せざるを得ません。
ガラスケース越しにその「FRONT」の写真ページ見開き頁、大きくグラフィカルにレイアウトされた戦車や戦艦群を見ると、不思議なことにそのデザインには好戦的な戦争推進のイデオロギー的やりきれなさもなければ、戦時の暗さも感じられません。ここには明快で強力なデザインのメッセージがあるだけで、価値や意志はきれいに捨象されています。その明快さには当然戦争宣伝に協力するためらいも感じられないのですが、逆に明快すぎてある種の当事者性を失っているのです。
原弘のこの一種不可思議な当事者性の喪失は、彼のデザイン・ワークにおいて一貫しているように私には思えます。彼の戦後の仕事には、鮮烈なところもなければ、不足するところもない、安定とスタンダードに満ちています。戦争宣伝のお先棒を担いだと非難されかねない仕事においても、まあこれならいいかとなんとなく済まされてしまうようなあっけらかんとした仕事ぶりは、あくまで内容に踏み込まず明快なデザインのメッセージのみを発するという、非当事者の安定感で戦後の彼を生かし続けることになったのでしょう。自分を殺して最後に勝負には勝っているような生き様には一点の暗さもなく、そのデザインのストレートな明るさは、今や貴重なもののように思えます。

いまだ放射を続けるまばゆい光線。
巨星たちのスーパーノバ

さて、出口にやって参りました。図録を購入してつらつら眺めておりますと、塗料のカオスのようなポロックの絵画の一作に、隅の方に彼の手形が残されたものがあります。今回は展示されていないのですが、小さな参考図版でその作品を眺めていると、表現というものに自己を刻印すべくもだえる作家の執念のようなものが惻々として迫ってくる一方、単なる抽象に収まり切れず、次なる手法を探しつつ、自爆するような死に至った彼の人生を予告する何かのサインのようにも見えてきます。
原弘がデザインにおいては自己を捨てるという宣言とともに取り組んだ東京国立近代美術館のポスターには、当然ながら自己を主張し尽くしたアーティストたちの名前がずらずらと並びます。「明るい墓標」とでも言うべきその行列を見ていると、仕事の形態からジャンルから何から何まで重なりはしないのですが、確実に同時代を生き、同じ美術館で同時に展示されているポロックと原弘のあまりの相違に目眩がしてきます。表現とはかくも多様にして豊穣にして、残酷なるものなりけるか。

 

・・・

生誕100年 ジャクソン・ポロック展

会期:2012年2月10日(金)~2012年5月6日(日)

会場:東京国立近代美術館

東京メトロ東西線竹橋駅 1b出口より徒歩3分

時間:午前10時~午後5時(金曜日は午後8時まで)

※入館は閉館時刻の30分前まで

休館日:毎週月曜日

(2012年3月19日、3月26日、4月2日、4月30日は開館)

問い合わせ:03-5777-8600 (ハローダイヤル、8時~22時)

主催:東京国立近代美術館、読売新聞社、日本テレビ放送網

特別助成:アメリカ大使館

協賛:テラ・アメリカ美術基金、みずほ銀行、光村印刷

後援:イラン大使館

協力:日本航空、ルフトハンザ カーゴ AG、ルフトハンザ ドイツ航空会社

HP:http://pollock100.com/

・・・

原弘と東京国立近代美術館
デザインワークを通して見えてくるもの

会期:2012年2月3日(金)~5月6日(日)

会場:東京国立近代美術館 本館 ギャラリー4(2F)

主催:東京国立近代美術館

協力:特種東海製紙株式会社、株式会社竹尾

HP:http://www.momat.go.jp/

・・・