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【雑記】今和次郎から憧れのクリエーターを巡ってトマトタンメンまで!?

身の回りから採集するデザインの起源
庶民や労働者が身近に施す工夫というものは、おおむね必要にかられてである。またそれは、日々の営みや労働が原始から続くものだと考えると、積み重ねられた“慣習”から逃れ得ないほどの強い影響を、いやさらに固い束縛を受けている。がしかし、にもかかわらず、人間はそこに手間をかけてでもなんらかの独特の創意を加えずにはいられない。考現学の開祖たる今和次郎の目線は、庶民や労働者の驚くべき専門的知識や合理的方法だけでなく、そういった “人間がそうしないでは物事に立ち向かえないような創意工夫への意思” にまで及んでいるような気がしてならない。

その点が、無味乾燥な “調査結果” にとどまらない、なんとも言えない温かい肌触りを感じるような調査報告という作品になる原因なのだろう。また、あくまで専門性や合理性と伝統や慣習の折り重なりに眼を向けつつ、同時にその事象に固有の創意工夫、つまり一般化できない痕跡を観察の射程にしているという、対象の把握の仕方が卓越しているのであると思う。観察対象を分断することなく、総合的にとらえるモノの見方を会得しているのである。

ここで唐突に、僕は佐藤雅彦さんの「考えの整頓」を思い出す。佐藤さんがおまわりさん10人に「勤務中どこに地図を携帯しているか」を聞き取りしたエピソードなど、ほとんど今和次郎の“衝動”に近いと思えないだろうか。『私は、その人その人なりの創意と工夫が大好きです。人間は、ひとりひとり違った暮らしを持っており、世の中に製品として流通しているモノがいくら多くとも、我々人間の暮らしの多様性を網羅できる訳ではありません。そこに個々人の知恵と工夫が入り込む余地が多く生まれます。その工夫が成功した暁には、程度はどうあれ生活環境や仕事環境がより便利なものに変わるのですが、私が好きなのはその便利さはもとより、それを考えついたり行ったりすること自体が、とても人間的で、暮らしを生き生きとさせるということなのです。主婦には主婦の、おまわりさんにはおまわりさんの、学生には学生なりの創意と工夫があり、それに向かっている時、私たちは自分の置かれている状態をとても前向きに捉えているのです』[佐藤雅彦 (2011) 考えの整頓 暮らしの手帖社 p032-p033]
佐藤さんの視線もまた、ある特定の項目ではなく、属性や立場、人柄や環境など個別の要因を包括して、対象を総合体として一視野でとらえるような向き合い方をしているのではないだろうか。

さてさらに、突然だが、僕はここで自分自身のエピソードを思い出すのである。半年ほどまえの数ヶ月間、僕は自宅近所のトマトタンメンで有名な中華料理店(名店!)でお店の女性スタッフが作成する、その日のおすすめを記した手描きメニューを、来店するたびに貰い続けたのである。いっときは週に2度から3度は通っていたのでそれなりの数が集まっている。
下記にほんの一部を掲載させて貰ったが、そのデザインに僕はすっかり魅せられてしまった。服部一成さんがデザインされていた頃の流行通信と見紛う(くしくも、今和次郎の展覧会カタログをデザインされた菊地敦己さんのブックエキスプレスのVIも想起)、なんていうともちろん大げさだけど(強引でスミマセン…)、見出しの強調やカテゴリーのゾーニング、視線の誘導など、すごく原始的でかつ合理的、しかもリズミカルでユーモアさえ感じられて、これは実はすごいデザインなのではないか、とひとり感服したのである。メニューや食材に、また、見出しとなっている調理法や料理のカテゴリーにまで愛着を感じながら作成されているのが、ひしひしと感じられるような、なにかデザインの起源に触れるような、純粋なコミュニケーションの在り方を受け取るような気がしたのである。

時に、季節を意識した装飾が施される場合があるが、むしろそうでない時の、手描きであるにもかかわらず具象的な意味のないデザインが僕は好きで、どうやったらこんな風にデザインできるのだろうかと、心底不思議に思ったりしていたのである。メニューの注釈をよく見ていただくと分かるとおり、このメニューは週に幾度も更新作成されていて、それこそ非常に多作を強いられる制作環境なのである。これはまさにプロのなせる技である。日々のルーティンワークにもかかわらず、一点一点に立派な仕事が見出せることにまたもや感心してしまう。
概ねレイアウトのルールは決まっているものの、これだけ近い日時のものを集めてみてもそれぞれに独自性があるのは、この仕事もやはり “人間がそうしないでは物事に立ち向かえないような創意工夫への意思” にまで、その源泉をさかのぼることができる事例だからではないだろうか。またしても、ここにきっと “自分の置かれている状態をとても前向きに捉えている” 仕事人を僕らは発見することになるだろう。

デザインの起源はあるいはその痕跡は、そこかしこに溢れている。人間が “必要” に向き合うとき、それが真摯であればあるほど、一見まったくの余剰に思える “創意” が生まれるからだ。
それは、まるで “必要” を強要する自然に抗うかのように、人間を前向きに “挑む存在に” するのである。 “これは、われわれが選び、生み出したものなのだ” と。

・・・
蛇足ですが、たった3ヶ月程度だったのだけれど、毎回来店のたびにメニューをお願いして譲り受けるのは、思うほど簡単なことではなかった(ご迷惑をおかけしました…)。お店が忙しそうなときも、自分が酔っ払っているときも、必ず貰って帰るのはちょっとしたシゴトなのだ。
比較するべくもないが、今和次郎の活動の偉大さは、僕には想像もつかないような行動力と継続する意志によるものだということが、あらためて実感できるたった3ヶ月の “美味しい採集” でありました。

協力:白龍トマト館
http://www.tomato-tanmen.com/
都営地下鉄大江戸線新江古田駅から徒歩3分
東京都中野区江原町3-17-1
電話03(5988)7330